へき地医療は“医療の最前線”のフィールドだ [指導医クロストーク]

Our Field Vol.5

総合診療医プログラムってどんなもの?〜「長州総合診療プログラム」の内容と「ルール」

WEBでグループでオンラインで、共に学び高め合う

NO BLAME”というルール


横田:私たちは「県立総合医療センター・へき地医療支援センター」の指導医スタッフ4名です。このクロストークでは、「本プログラムの特長と私たちの想い」をお伝えしたいと思います。

 

まず、ルーティンのバックアップとしては「レジデントデイ」があります。これは週1回水曜日に、基幹施設である当院やへき地連携施設で勤務する専攻医と指導医をWEBでつないでカンファレンスをおこなうものです。あらかじめディスカッションしたい症例をエントリーしてもらい、指導医のみならず専攻医どうしでもお互いに意見を出しあうことで、客観的で多角的な振り返りができます。毎回2名で1時間の予定ですが、白熱して2時間になることもあります(笑)

 

医療というのは、教科書で学ぶことだけでは患者さんの希望や想いにマッチしないケースもままあります。そこをひとりで抱え込まず、指導医も「自分ならどうするか」と共に向かい、考える場にしています。

 

『三人寄れば文殊の知恵』ともいいますし、新たな視点を得ることができる、と参加先生からの声は多いですね。

 

原田:私たち指導医もフレッシュな意見をきくと、とても気付かされることが多いよね。

 

横田:第2に「ハーフデイバック」。これは2ヶ月に1回半日間、研修医3名と指導医とで1グループとして、この県立総合支援センターで「外来ビデオレビュー」と「ポートフォリオ検討会」を順番におこなう対面のグループワークです。

 「外来ビデオレビュー」は、患者さんにご協力いただきご同意をいただいた上で外来診療をビデオ録画し、それをグループで振り返ります。自分では気付かなかったところが他の人の目で明らかになることがあり、また全員がそれを共有できます。

 

今の医学教育では初期臨床研修で充分な外来研修がないために、3年目でいきなり外来をまかせられ、患者さんとの接し方など不安になる場面が多いのです。本プログラムでは「外来スキル」に力を入れ、ここでしっかり患者さんとの接し方を身につけるようにしています。

 

「ポートフォリオ」とは、総合診療専門医研修で必要なレポートのことですが、単なる症例報告ではなく、専攻医の「成長記録」の意味合いを持つプロセスを重視したレポートです。このポートフォリオ検討会では、実際にWEBでは伝えられなかったことや伝わりにくい部分を対面で議論し、より深い自己省察に導くことができる場になっています。

 

中嶋:私たちの研修プログラム全て通じてですが、指導医も専攻医も「No Blame(非難しない)」という文化を大切にしています。「欠点を言う」のではなく、全員が「自分ならどうだろうか?」という視点で考え、思いを出し合います。

 

ですからこのプログラムは「それぞれの診療の良い』ところが見える」という声をよくききます。良いところを認めることで自分に自信がつきますし、もっと良い診療にしようという意欲が生まれています。

 

 

横田:ルーティン以外のバックアップとしては、緊急時の「ホットライン」があります。24時間メールでも電話でも「何かあったら相談してね」と基幹施設で対応できるようにしています。

 

アドバイスを求めるルートが明確なので、へき地に勤務する専攻医も安心して診療ができます。2018年度では45件ぐらいの相談がありました。その他には「サイトビジット」…職場訪問みたいなものかな?(笑)

 

私たち指導医が実際に専攻医の勤務する医療機関にうかがい、現場での外来診療や病棟を見て本人にフィードバックします。また、現地の指導医の先生やスタッフの方にプログラムについて改善点や気付きをうかがって、研修の質の向上を図っています。

 

「メンター制度」もありますね。日常の指導医とは別に、1:1でお兄さん役のようなメンターがついて、診療や医療のことだけではなく、コミュニケーションでの悩みや将来への悩み、など個人的で言いにくいことなどもしっかり受け止めています。


「総合診療医」ってどんな医師?〜専攻医がぶつかる悩み

自分の枠を越えて、柔軟にポジティヴに

時代と人に寄り添う医師


宮野:前に専攻医の先生から「先生は何の専門医?と聞かれたときに答えにくいのですが、どう答えたらいいでしょう?」と相談されたことがありました。「総合診療専門医」は何の医師なのかが、明確ではないので、難しいところのようです。

 

原田:総合診療の専門医ってなんだ?ということですよね。「何科ですか?」ときかれたら「何でも診ましょう科」ですと答えています(笑)。循環器とか呼吸器とかの形がない、新しい名称ですからね。

 

私は「自分を変えてフィットさせることができる医師」が総合診療医かなと思っています。大学病院にいるのか、500床ある大病院なのか、離島なのか、で求められるニーズはまったく違うでしょう。

 

そこで「自分の枠」をつくらず、その場で最善の対応に向かう。そこが魅力でもあり難しさでもあるかもしれません。

 

横田:以前、一年を振り返る中で「得意分野がない」という悩みを言われた専攻医がいました。

 

でも、日本の社会において、時代に一番求められている医師だと自信を持って伝えたいです。

 

今、世界一の高齢化社会でひとりひとりがさまざまな病気を抱え、社会的環境も大家族から核家族になり、心理的にも気持ちが落ち込んで孤立する高齢者が増えています。

 

病気だけではなく、患者の心理面や社会面を全部診ることができる医師は、ますます求められてくると思います。世界的な潮流としても、プライマリケアの充実が「患者の幸福度」に大きく寄与するばかりか、4つの指標が向上するという提唱がされています。(4つの指標=患者の幸福度、健康アウトカム、医療費のコスト削減、医療スタッフの満足度)。

中嶋:でも、今の専攻医の先生は、昔より自己肯定感があってポジティヴだなと感じています。

 

このプログラムの特性もあって、「自分のいいところ」をのびのびと捉えられているので、自信になっている。それに今の先生たちは「地域に育てられた」と意識できているのがスゴイ。私は9年目でやっとわかったくらいです(笑)

 

原田:評価項目や指針は、日本プライマリケア連合学会や日本専門医機構の評価指針があるので、客観的な指標が共有できている事も大きいですね。

 

中嶋:専門医の資格を取るのに遠回りなのかなという声はありますね。「循環器内科医になる」のをはっきりと目的にしている人には、遠回りかもしれないですが、「このプログラムは医者の義務教育だ」という声もあります。

 

医師として必要な成長を感じられる、その喜びを得ていく感覚が、ここには明確にあるのではないでしょうか。


総合診療専門医はハードルが高い?〜総合診療専門医の楽しさ・すばらしさ・奥深さ

“ステキな医師になるレシピ”を学んだ総合診療専門医が

未来の日本医療のキーパーソンになる


宮野:総合診療専門医は、「『医学』だからではなく『医師』だからできること」がある世界です。

 

医学部では「どうやって病気を治すか」はたくさん勉強するが、実際はそれだけでは太刀打ちできないことも多い。

 

高齢化しているへき地はとくに、社会的・心理的な要因で身体的に苦しむ人も多い。そういう人が最終的に頼れるのは「医療」という窓口かなと感じています。

 

他分野のスタッフと連携したり頼れるところを探したりもできる。「病気を治す」だけの役割を越えて、地域で頼られる「医師」になる、これが総合診療専門医なのかなと思います。

 

原田:「地域全体を見る」というのはこのプログラムの大きな骨子ですね。「へき地は医者をステキにする」というのが私のモットー。へき地に出て行けば行くほど、多くの学びがある。

中嶋:プログラムができる前にへき地で10年診療し、プログラムに関わって8年になりますが、いま感じるのは「このプログラムを学ばなければ身につかないスキルがある」ということです。「学ばないと学べない」専門性があるなと、実感しています。総合診療医の専門性、はとても奥が深いですよ。

 

横田:私は、「このプログラムは、ステキな医師になるエッセンスを煮詰めてまとめたレシピ」だと思うんです。

 

たとえば、自分で料理するのに、天才的な人もいますが、多くは自己流でそこそこですよね(笑) でも、一流シェフのレシピを学んで、そのコツや注意ポイントを知って料理すると、格段に美味しくなる。世界中にはむかしから「良い医師」はたくさんおられて、その「それぞれの良さ」「なぜこの人がいいのかという根拠」があるんですけど、その情報はばらばらの状態だったわけです。

 

それらのレシピを体系化して標準化しているのが、このプログラムだと思っています。

 

原田:私の専攻医時代は、現場で四苦八苦して試行錯誤した後に、すばらしい先達の体系や記録を知って「ああちゃんと偉大な人はまとめておられたんだ!」と思っていましたね(笑)。

 

今は、悩んでぶち当たったら同僚や指導医がいて、プログラムのなかに学ぶべき体系が見つけられるのは、いいことですし、孤独じゃない。

宮野:総合診療専門医は大変そう…と思う人は、自分が最初になぜ医師になりたいと思ったのか、を思い出してみたらいいかもしれませんね。

 

「人に興味がある」「むかし出会った医者に憧れた」という人なら、むずかしいプログラムではないと思います。「生物」としてのヒト、たとえば「心臓」「肺」に興味がある、とかの人には、このプログラムは難しいかもしれませんが(笑)

 

横田:将来なりたい医師像にフィットするかどうか、ですよね。どの分野の医師も社会には全部必要で、「ブラックジャック」になりたい人は外科を目指して「ドクターコトー」を目指す人は総合診療専門医がいい(笑)どの医師もすばらしいですが、「総合診療専門医」はこれから狙い目の分野です!(笑)

 

原田:実は、「総合」という専門医をつくらなければならないというのはジレンマなんです。すべての医師が「総合」でみられる、それが理想でしょう?

 

しかし専門ごとに細分化されている現状では、日本全体の医療を考えたときに、総合的にマネージメントができる分野を作らないと、日本の医療全体が機能しない。

 

企業でも「総務部」がいないと会社が機能しないのと同じです。だから、日本全体の医療を考える視点でも、これから大きな鍵になるのはまちがいなく「総合診療専門医」だと思っています。


地域に入る医師の生活は?〜山口でのへき地医療の魅力

自治体との連携、

公務員医師としてのワークライフバランス。

山口のへき地から、医療イノベーションを創造する楽しさ


横田:私は神奈川県出身で、自治医科大学で山口県出身の妻と結婚したことで、神奈川県と山口県の両方の医療現場を体験しました。だから山口の良さがわかりやすい立場ですね(笑)。

 

まず、人と人との距離は近いと感じました。コミュニティの関係がわかりやすく、温かい。関東では保健所や大学病院も経験しましたが、岩国のへき地で「困ったらいつでも相談できるかかりつけ医」を体験したことで、こういう医師になりたい!と心に決めました。

 

中嶋:山口県は全国でも高齢化が進んでいる県です。「山口県でできる医師はどこへいっても大丈夫」といわれる(笑)。医師の高年齢化も福島と並んで全国1位です。若い先生が来られるのは大歓迎です!

 

原田:「長州総合診療プログラム」のひとつの特長は、「自治体との連携が太い」ことです。一般的な民間の医療機関ですと自治体との協力体制は連携するパイプを作り承認をとり、というプロセス・体制確立がけっこう大変なのです。

 

しかし、たとえば山口県萩地区の指導医である佐久間先生は萩市の公務員医師のトップでおられるので、保健師さんとの連携もとてもスムーズで、結果、地域住民へのサポートサービスがスピーディーに実現できます。専攻医にとっても、自分の働きがすぐ住民の健康につながるので、ストレスが少なくモチベーションが上がります。

 

加えて、専攻医は「公務員」として採用されるので、その身分が保障され、生活が安定するという利点があります。個人のワークライフバランスを考えライププランを組み立てる上で、これはアドバンテージになりますね。

 

中嶋:実は若いうちはピンと来ないかもしれませんが、キャリアプランを考えたときに「医者」で「公務員」という立場は、「ありがたいな」と思いますね。

原田:自治医科大学出身者以外の医学部からこられる方には、この「働き方」は新鮮なキャリアルートではないでしょうか。

 

広く全国から、私たちと共に学んでほしいので、このポイントも強調したい。

 

横田:あと、山口ならではといえば、お魚が美味しい!(笑) 瀬戸内と関門海峡と日本海の三方の新鮮な魚をふだんに食べられるなんて、関東の者からみるとめちゃくちゃ幸せです!

 

原田:若いころへき地に行ったことで、違った文化や生活やおいしいものを知ることができますよね。一度も行かずに食わず嫌いをするのはもったいない!(笑)

 

一生を地域医療に捧げる、という選択でなくても、このプログラムで1年2年と地域医療を経験する、という選択肢もおおいにアリだと思います。

 

宮野:そういう意味では山口県は「適度な田舎感」がいいですよね。

 

気候風土は穏やか、新幹線や空港、高速道路の交通インフラが整備されているので、東京や関西、広島や九州にもアクセスがいい。

 

休みになると広島カープの応援に行く、という先生もおられますね(笑)

 

中嶋:案外適度に楽しめるんですよ(笑)それは、専攻医と指導医など複数スタッフでいることも大きいですね。

 

ローテーションの分担や交替など、フレキシビリティが確保しやすい。むかしより「土地に縛られる」ことは少なくなっていますね。

 

男性医師も産休育休をとりますし、家族と過ごす時間がとても豊かです。

 

原田:こんなにすばらしい経験ができる2年3年を、ぜひ全国の研修医にお薦めしたい。

「行ったら抜け出せない」、ということはまったくないので、飛び込んで学んで、あとは自分の夢に向かって羽ばたいてほしい。

 

もうひとつ、お伝えしたいのは「本プログラムは世界レベル」という点ですね。昨年6月、陣内先生が米国オレゴンに視察に行かれました。私も10年前に同じ視察に行きましたが、当時は、日本よりずっとシステマティックにプログラムが整備されていて「すごいなー!」と驚嘆して帰ってきました。

 

ところが昨年の陣内先生は「オレゴンも日本と同じことやっているよ」との感想を持たれたようで、8年関わってきた者としてちょっと嬉しかった(笑)この山口は世界にも通じる、とてもいい舞台だと思います。

 

横田:では最後に、現在専攻医研修プログラムを検討中のみなさんにメッセージを…

中嶋:伝えたいのは、「No Blameであたたかい!」。楽しんでやっていますので、飛び込んできてください。

 

宮野:孤独じゃない、自由度もある。なので「気軽なきもち」できてほしいです。

 

横田:山口県の地域、へき地は「魅力的なフィールド」。「あたたかなつながり」のなかでのびのびと医療と学びができます。そこでどんどんいっしょに成長していきましょう!

 

原田:まずは、医療を目指したときに「困った人のところで役に立とう」と感じていた人は安心して飛び込んでいただきたいです。

 

また、本プログラムは、既存のスタイルや手法に縛られず、いろいろなことができる自由度があります。これからの日本の医療は、必ず総合診療が必要とされる時代になる。

 

日本の医療をクリエイトしたい、イノベートしたい、というフィロンティア精神のある人はこれからのリーダーです!ぜひ一緒にやろうよ!とスクラムを組みたいですね。