へき地医療は“医療の最前線”のフィールドだ [専攻医✕指導医クロストーク]
地域に飛び込んで人間を学ぶ |
2000人弱に医師1人
町中の人が頼り、育ててくださった
陣内:私は須佐の診療所に赴任してもうすぐ1年です。医師1人看護師3人事務2人の6人スタッフという体制で、住民2000人弱を私ひとりが診る環境でした。平均して1日30~40人の外来患者を診察し、週1回訪問診療で2件ほど訪問するというルーティンでした。
指導医の佐久間先生は萩氏川上地区の地域医療を長年みておられます。日常的にご指導やご相談ができないので、月1回、萩市休日急患センターでの診察や医師会の会合、研修医の激励会などの機会でレポートやカルテを見ていただきました。
佐久間:彼はとても真面目で、全員の患者さんの診断に関して詳細な診察状況レポートを報告してくれていました。
カルテだけでは診断結果だけしか記載されませんが、診断時の悩みや疑問点も書かれていて、そのレポートとカルテと画像、看護師の報告などを総合すると、とても「臨場感のある」診断風景が伝わってきましたよ。研修医を励ます会も、先輩としてしっかりと指導されていたね。
陣内:研修医には先輩風を吹かしています(笑) ふだんは比較的余裕があって、診療所としては不自由なく診療活動ができました。しかしやはり、医師1人というのは「自分の医療レベルが地域の医療レベルになる」ので責任感と重圧はありました。
「診られません」「できません」はない世界ですから、緊急に困ったら電話で県総合医療センターに問い合わせますし、自分で文献や論文や参考になる著書などを探して、エビデンスを確認して診断に向かうことが身につきました。
ふりかえれば、「困ったときに何を調べればいいか」が、1年前はまだ手探りの部分もありましたが、今はそれがクリアになってきたように思います。
佐久間:たしかに、20年前だと、情報や技術を得るにはとても時間がかっていた。そういった意味で、現在は人的サポートに加えて、情報ツールやネット環境のバックアップ体制が充実している。だから全然、孤独じゃないね。
陣内:そうですね。1人診療でも孤独感や孤立感はまったくなかったですね。住民の方にもずいぶん大目に見てもらえて、助けられることもありました。
検査結果について追加で伝えたいことができて、おそるおそる「もういちどお伝えしたいんですが…」と電話をしたら、「わかりました~病院行きますね~」と快くきてくださいました。おこられると思ったのに(笑)。
色々な場面で、地域の人の頼りにされて、地域の人に育てられたと感じますね。
総合診療専門医へのリアルな一歩 |
“在宅看取り”“全人的診療”で
総合診療医の階段を登った
陣内:この1年で一番心に残ったのは…1件ですが「在宅看取り」ができたことです。
佐久間:へき地地域は高齢化や単身者が多くなり、どうしても患者さんが施設や病院に行かざるを得ないケースが多数だよね。どのようなことに気をつけた?
陣内:患者さんもですが家族をしっかりサポートすることですね。「何かあったらいつでも電話してね」「何かあったらすぐに呼んでね」といつも伝えていました。
不安になるときにどこに相談すればいいか、がわかっているだけで、人は落ち着いて対応ができるようになる。だから24時間、私か在宅看護スタッフかどちらかが対応できるようにしていました。花戸貴司先生(滋賀県東近江市永源寺地区)の著書が、とても参考になりました。
佐久間:この経験は、陣内先生だけではなくてスタッフみんなの経験値にもなったね。
地域で「こうすれば在宅看取りができる」というノウハウが蓄積されたことになるから。それが地域医療の能力になるんだよね。
陣内:そのほか、この1年で実感したのは「病気だけ診ても解決しない人が山ほどいる」ことです。「山ほど」は大げさかな(笑)でも、身体的には心不全でそれを治療しても、家に帰ると塩分制限を守らない、家族の病識がない、正しい介護や生活改善ができにくい…。
そのような場合はケアマネージャーや保健師さんと相談して必要な介入サービスがあれば導入し、社会的な救済方法も探る。そのような横の連携が必要で、以前は病気のことしか診ていなかったのですが、地域に出て「いつもと違うことで悩むなあ」「問題はそっちか~」と。
まさしくBiopshychosocial(生物・心理・社会的)、全人的に診ることの重要性を実感しています。
佐久間:町の病院では患者さんの生活はわからないことが多いよね。積極的に病気に向き合って治療しよう、とまでは思わない患者さんに対して、どのように対応していくか。
「生活を知る」ことからはじめないといけない。家に帰ったら階段だらけだとか坂道があるとか、80歳でも畑仕事するとか、都会の一般的な年齢像とは全く違いますから、その人の生活を知って理解することが大切になってくるね。
へき地医療だから実現できる「成長」 |
“ことわらない”“全部診る”みんなのヒーローは
ウルトラマンではなくアンパンマン
陣内:僕が目指していた医師イメージは、まさしく今の総合診療医…「ことわらない」「全部診る」かかりつけ医です。
3歳のとき、休日の夜中に高熱を出して、母がかかりつけ医に連絡したんです。先生は趣味の夜釣りを楽しまれていたのですが、「診療所に戻るからおいで」と夜中に診てくださった。優しくて患者さんからの人望がとても厚く、亡くなったときにたくさんの患者さんがお別れに来られていて驚いたのを覚えています。それが医師の「原風景」ですね。
その後、中1で祖母が亡くなったときに「そばにいて何かできる人になりたい」と強く思い、自分が医者になろうと思いました。
高校時代にあきらめかけたんですが、手術で全身麻酔をした機会があり、麻酔が効いている中で「医学部に行きたい」と言ったらしく(笑)、あとでそのはなしをきいて「自分は心の底では諦めてなかったんだ」と気づいたんです。そこから猛勉強して、今この道を進んでいます(笑)
佐久間:いい話だね!(笑)総合診療医は「ことわらない」「全部診る」。専門じゃない、といえない医者。
反対に言えば、飛行機や新幹線で、「どなたかお医者さまはおられますか?」というシーンでさっと手を上げられるのが総合診療医(笑) 実際、国際線でその体験しましたよ。ボールペンを記念にもらいました(笑)
陣内:うまくいけばスーパーマン、だけど失敗したら中途半端(笑)。守備範囲は全分野で、そこが心配です。でも患者ファーストの姿勢…これは同期と話していたのですが、「総合診療医プログラムって医者の義務教育だよね」と。医学スキルだけではなく、人との接し方、考え方、地域社会とのつながり、施設運営まで考え、ベースにするのは、とても大切だと思っています。
佐久間:確かに基本だね。医師としての在り方・理想に向かって研鑽する、私は、この総合診療プログラムはほんとうに要求レベルが高い、と思う。 知識も広範囲の取得が求められる。
でも、「どこまでやるか」「専門医にどこで渡せばいいか」というポイントを見誤らなければ、総合診療医はだいじょうぶだと思いますよ。高知大学の阿波谷敏英先生は「地域医療はウルトラマン型ではなくアンパンマン型」と表現しています。
ウルトラマンはひとりで背負ってひとりで戦う。アンパンマンはジャムおじさん、カレーパンマン、しょくぱんまん、メロンパンナちゃん…それぞれの得意スキルや能力を持ち寄って、コミュニケーションをとりみんなで立ち向かう。
私たちは、様々な立場や職種、専門性を持ち寄って患者さんの生活を豊かにしていくんですね。だから、今はもう、ひとりじゃない。
陣内:大変な道だけど、ひとりじゃない。専攻医として、毎週カンファレンスがうけられたのはとても心強かったです。スタッフのチームづくりに関してなど、医療医学以外の課題までご相談させてもらい、たくさんの先輩や先生にサポートいただきました。
佐久間:専攻医の先生とは、親子ほど年齢が違うから少しハードルかが高いかもしれないけど、経験値の高い先生にどんどん相談してほしい。診療時間以外はいつでもOKなので安心してください(笑)
現場で生きる総合診療医=人間を学ぶ先輩とともに |
この地域との“出逢い”
求められる医師のよろこび
佐久間:私が川上地区で総合診療医になったのは、「この地域で相性が良かった」ことが大きかったんですよ。専攻医としてこの地域に赴任したときに、旧村長、助役、議員さん、そして1300人くらいの住民のみなさんに、気持ちよく受け入れてもらえました。
自分のやりたい医療体制や活動の提案などにも理解をもらえて、比較的自由に医療活動が実践できた。最初から「ずっとここにいたい」と思えたんですね。子育てにも自然豊かないい環境で、家族と共に朝ご飯をとり、夕ご飯も子どもと食卓を囲みましたね。
地域の子どもやおかあさん、高齢者の顔や状況はたいていわかります。「私が死ぬまでいてください」と言われています(笑)地域医療のきっかけは、こんな「出逢い」もある。陣内先生のライフプランはどうなんだろう?
陣内:相性、大きいですね。私も地域の診療所にいてもだいじょうぶかな。
でも今は、いちど県外に出たいと考えています。県内ではなかった「こんなことをしているんだ」ということや、反対に「こんなことしていないんだ」ということなど、外に出てわかることを勉強して身につけたいですね。
とくに救急や集中治療、循環器に興味があるので、その分野に強くなり、いずれは山口県…できれば故郷に戻って地域医療の力になりたいです。
佐久間:長期休暇をどうやってとるか、勉強してきてください(笑)。2週間マチュピチュにいかれている先生もおられたから(笑)。私は休日をしっかり休んでいますし、2年前に長期休暇もとりましたが、長期休暇は人員の配置や体制などを工夫する必要があります。
これからの医師の生活や医療体制の組織づくりなどは、どんどん変わっていくと思いますね。
陣内:そうですね、でもまだ自分の勉強のことでいっぱいで、ライフプランは可能性がたくさんある状態ですね(笑)。
とりあえず、僕は急変に強くなっておきたいなと。急変が苦手なので、それをスキルアップしたい。とっさのときにしっかり対応できて、救える命を確実に救える医者になりたいです。
後輩のみなさんへのメッセージは「責任感は大きいですが、人の優しさや地域の素晴らしさ、自分が求められる喜びがたくさんある」ということです。地域に支えられ育てられて感謝されて、医師としてのみならず、社会人、人間力をつけることができる。
総合診療医プログラムで専攻医がたくさん増えれば増えるほど、みんなで学んで総合医療のレベルアップができます。だからたくさんの人に来てもらいたいです!
佐久間:私は、さきほども触れましたが、「長州総合診療プログラム」ほど高レベルの専門医プログラムはないと思っています。広いし、深いです。だから、ポートフォリオ作成ではほんとうに大変だと思う(笑)。
でも、医師を志す人は知識欲に旺盛な人が多い。このプログラムでは多種多様で深い知識を学び実践していくので、「楽しくておもしろい」と思います。後に専門分野を絞るとしても、確固としたベース・視点・知識ができていることは、医師として何よりもの強みになります。
総合診療医分野から大学での研究に進まれる人や、WHOでの活躍をされている先輩も多くおられます。医学を追究したい人にとって、決して無駄にはならないプログラムであり成長させてくれるフィールドなので、飛び込んで来てほしいと思います。
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